学童期

低学年

小学校の入学式は母に説得され、スカートで行った。
たまらなく嫌だったが、所詮は初日、後半になれば周囲は入学式のそれぞれの服装など覚えていないであろうことを期待した。
友人は男の子が中心で、喧嘩ごっこは相変わらず続く。

上級生から「男女」とからかわれるため、それに負けないだけの威圧感を作る必要があった。
周囲に「強い」というレッテルを貼らせるため、日常的に喧嘩に明け暮れて、多少の無理をしてでも殴り合い・叩き合いを繰り返した。

当時の年代での強さの評価は「泣くか泣かないか」が主であり、入学以来一度も泣かない者は一目置かれたものだった。

いじめや喧嘩でどんなに辛くても泣かないことだけを通し続けた。
殴られれば痛いし、辛ければ泣きたくなることだってある。
いじめられているのではないかという教師や母の危惧を払いのけ、辛いときには一人で部屋で泣いた。

「入学以来一度も泣かない」という伝説が勝手に歩き始める。
休み時間には頻繁に上級生が訪れるようになった。
「お前、泣かないんだってな。俺が泣かせてやる。」
そう言われて喧嘩を申し込まれる機会が増えた。
当時の喧嘩で足腰が立たなくなるまでやるということはまずないので、
とにかくこちらからは殴る手を止めず、やられても泣かないことだけを押し通す。
すると次第に相手が泣き出し始めるか、「こんな程度か」と急に手を止めて逃げ出してしまう。
「○○と喧嘩しても泣かなかった」という伝説が付属し、再び訪れる者が現れる。
毎日がそんなくだらないことの繰り返しだった。

ある日、上級生の中でも喧嘩が好きで有名な者が訪れた。
彼は取り巻きのような少年達を何人も従えて教室に現れた。
「勝負をしよう。C校舎に来い。」

始めはただの喧嘩でしかなかった。
二次性徴が始まりかけた年齢の彼は確かに力が強く、
普段のようなただ痛いだけの感覚とは違い、立てなくなるような肉体的ダメージが蓄積する。
逃げ出したくなる気持ちを抑えて、何度殴られても応戦した。

すると、相手が急に叫んだ。
「しぶといな。おい、閉じ込めろ!」

取り巻き達が一斉に動く。
僕はあっという間にトイレの一室に閉じ込められた。
取り巻きがドアを押さえ、僕は完全に出られなくなった。

授業開始5分前のチャイムが鳴る。
慌てだした彼らは、どうにかしてトイレのドアを塞ごうと、モップやホウキで固定を始めた。
そして授業開始と同時に取り巻き達が退散していく。
僕はチャイムが鳴り響く中、トイレの一室にたった一人取り残された。

場所はC校舎。
普段は使われない理科室などがあるだけの校舎で、基本的に人通りはない。
大声で助けを呼ぶのはプライドが許さなかったし、第一周囲に誰かいるとも思えなかった。

おそらく、初めて頭がおかしくなったのはこの時だと思う。
記憶もうろ覚えで、この時のことがはっきりと思い出せるわけではない。
何とも表現しがたい奇声をあげながら、外のモップやホウキをはずそうと内側からドアを殴っている記憶がぼんやりとある。
実際に仕掛けをはずせたのか、ドアをよじ登って脱出したのか、最終的な脱出方法に関する記憶は残っていない。
少し遅れて教室に戻った僕に、先生が言った。
「遅いよ。何をしていたの?」
今の出来事を説明するために少しでも声を出したらきっと泣いてしまう。
声が出せずに黙っている僕の代わりに同級生の誰かが答えた。
「瞬は○○(上級生の名前)に決闘を申し込まれたんだよ。」
それを聞いた先生は怒ったように僕に言った。
「いい加減にしなさい。女の子でしょう。」

僕の記憶はここまでである。
あまりのショックに自ら記憶を消去したのか。
先生のその言葉ばかりが鮮明すぎて以降の出来事の印象が薄いのか。
理由は定かではないが、それだけの出来事にも関わらず、記憶が薄いのは事実である。


高学年
女の子が好きであるという気持ちを隠さなかった僕に対し、周囲が「気持ち悪い」という認識を持つようになったのはこの頃からだ。
周囲の反応の変化に合わせ、僕もあまりそのことを口にしなくなった。

小学校6年になる春、父の開業に合わせて地方の小学校に転校。
さすがは田舎の小学校と言うべきか、わざわざ転入する生徒を全校朝礼で壇上に上がらせ、一人一人に挨拶を強要した。
転入するクラスの子以外には男だと思っていてほしかった手前、全校生徒の前で名前を言わされることに強い嫌悪感を覚えたが、
何をするのかわからないままに壇上に上がらされて「じゃあ、名前と、前の学校の名前を」と言われたら従わざるを得ない。
僕は生徒達に聞き取れないようにわざと早口で本名と学校名を名乗った。
しかし、耳聡い生徒達のこと、僕の本名の最後につく「子」という響きを聞き逃さなかったらしい。
途端に周囲にざわめきが起こった。
「女?」
「今、○子って言ってなかった?」
「え、男じゃないの?」
僕はしかめ面で校長にマイクを返した。
すると校長は早口で名乗りざわめきを起こした僕のために余計な釈明をしてくれた。
「この子の名前は○本○子さんです。○○小学校から来た女の子です。」
再び周囲がざわめく。
教員達が生徒達を「静かに」と窘めて歩く。

僕は見世物か?
田舎の学校の不思議な風習を何となく感じ取った僕は、その町が一瞬にして嫌いになった。




100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!